旧井上房一郎邸

 
「旧井上房一郎邸」は1952年に建てられた木造平屋の住宅で、現在は高崎市美術館の施設内で一般に公開されています。
この建築はアントニン・レーモンドの自宅兼事務所が元になっていて、その完成後に住居部分を実測して図面の東西を反転させたプランで建てられたそうです。
1951年に建てられたレーモンドの「麻布の自邸」は、中庭を挟みつつ事務所部分と繋げられていて、靴のまま生活するため日本的な「玄関」の無い住宅になっています。

室内の床高は低く抑えられていて地面が近くに感じられ、建物南面の軒下には開口部から段差を15cm程下げて鉄平石が貼られています
屋根を支える鋏状トラスは杉の足場丸太で組まれていて、その構造材が天井から屋外まで突き出されることによって軒の出は深く1.6m程にもなっています。
そして、その軒先には雨樋が設けられていないため、屋根を流れた雨水はそのまま黒那智石が敷かれた溝に落ちるようにデザインされています。
軒先から落ちる雨の雫、そして玉砂利をたたく音・・・。どんな感じなのでしょう。

「パティオ」はリビングと寝室の間に設けられ、「麻布の自邸」では屋根にガラスは無く、梁と垂木は藤棚のように樹木の枝に覆われています。
そして、レーモンド夫婦はここをアウトドアのダイニングルームとしていたので、雨が降ってしまうと二人でテーブルを隣の寝室の中へ移して食事をしたそうです(笑)。
パティオの奥にある渡り廊下部分が見学用の玄関として使われていて、住宅としては北側の道路から門を通ってアプローチするようになっていたようです。

「リビング」の南面では柱を『芯外し』した掃き出し窓が部屋の両角まで連続し、深い軒の出によって直射日光が遮られています。
中央部分では屋根の段差による壁の全面に高窓が設けられ、南北方向の通風と北側からの天空光が採れられています。
室内の上部に露出したダクトは暖房用で他にファイアプレイスも設けられていますが、高い天井と床のコンクリート直接仕上げを考えると冬の厳しさを想像してしまいます。
木製の引き違い建具では隙間も多かったでしょうが、全ての開口部に障子戸も設けられているため、それなりに断熱と気密の効果があったように思われます。
天井と壁の仕上げ材はラワンベニヤで暗い色合いですが、高所からの採光によってグレアが起きず、照明器具に頼らなくても明るく感じる空間になっていました。
『夏をもって旨とすべし』、資材が不足していた時代のローコスト住宅です!

リビングにある「椅子」と「ソファー」等はノエミ・レーモンドによってデザインされた家具で、収納と一体の造り付けソファーは座面を手前に引き出すとベッドになるようです。
他の場所にも用途に合わせて簡素で質素な収納や棚が設えられ、建築と家具がレーモンド夫婦によって調和されています!
「麻布の自邸」では、このリビングの奥にノエミ・レーモンドのアトリエがあり、事務所部分の製図室と繋がっていたそうです。

「寝室」はパティオを間にリビングと向かい合って配置されています。室内は切妻屋根の勾配がそのまま天井になっていて、リビングと同じく上部にダクトが露出しています。
造り付けのソファーがベッドを兼用して使えるようにデザインされていて、二台分が室内の壁際に並んで配置されています。どうやら普通の主寝室ではないようです・・・。
この「旧井上房一郎邸」にはブルーノ・タウトがデザインした椅子が置かれていました。
南面には腰窓が幅広く設けられていますが、この部屋には高窓が無いため、天気が良い時では逆に部屋の奥の方が暗く感じられました。

オリジナルの「麻布の自邸」では「寝室」の隣にバスルームやキッチンが配置されていますが、この「旧井上房一郎邸」ではその間に「和室」が追加されています。
窓は庭に面した一ヶ所に絞られているため室内が薄暗く感じられますが、それによって開口部がピクチャーウインドウとして庭の樹木が輝いてみえました!
見学はできませんでしたが、建物の西側に水回りと女中室等がまとめられているようです。

コメント

人気の投稿